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福島地方裁判所 平成6年(行ウ)10号 判決 1996年8月23日

平成四年(行ウ)第一五号事件原告

甲野春子

右法定代理人親権者父

甲野太郎

同母

甲野花子

平成六年(行ウ)第一〇号事件原告

甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士

河野敬

三宅弘

近藤卓史

被告

西白河郡東村長

矢吹孝

右指定代理人

大塚隆治

外一四名

主文

1  被告が平成四年(行ウ)第一五号事件原告甲野春子に対してなした平成二年七月一九日付予防接種法一六条(平成六年法律五一号による改正前のもの。以下同じ)に基づく医療費、医療手当不支給処分を取り消す。

2  被告が平成六年(行ウ)第一〇号事件原告甲野太郎に対してなした平成六年七月一日付予防接種法一六条に基づく障害児養育年金不支給処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

平成四年(行ウ)第一五号事件につき、主文1項と同旨

平成六年(行ウ)第一〇号事件につき、主文2項と同旨

第二  事案の概要

一  本件の概要

本件は、予防接種法一六条に基づき、平成四年(行ウ)第一五号事件原告甲野春子(以下「原告春子」という)が医療費、医療手当の給付を、原告春子の父である平成六年(行ウ)第一〇号原告甲野太郎(以下「原告太郎」という)が障害児養育年金の給付を、被告に対し、それぞれ請求したところ、被告が原告春子のけいれんに基づく後遺症と同原告が受けた百日せき・ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチンの予防接種(以下「本件予防接種」という)との因果関係が認められないとして、右各請求についていずれも不支給処分をしたので、原告らは、それぞれその処分の取消を求めたという事案である。

二  争いのない事実及び証拠から明らかな事実

1  原告春子の発病等

(一) 原告春子は、昭和五八年三月二四日、原告太郎と訴外甲野花子(以下「花子」という)の長女として出生した。原告春子は、昭和六三年一月二二日、被告東村長が実施した本件予防接種を受けた。

(二) 原告春子は、同月二六日から発熱があり、翌二七日、いつもの元気がなく、体温が三八度以上になったことから、福島県西白河郡東村内の江藤医院において診察を受け、同医院において、腺窩性扁桃炎と診断され、投薬の処置を受けた。

(三) 同月二九日、原告春子は、幼稚園を休み、同県白河市内の関医院の診察を受け、同医院において、急性扁桃炎と診断され、投薬の処置を受けた。

(四) 同年二月一日午前五時ころ、原告春子は、けいれん発作を起こし、白河厚生総合病院に救急車で搬送され、そのまま同病院に入院した。

(五) 同年三月一日、原告春子は、東京女子医科大学病院(以下「女子医大病院」という)に転院し、同年九月五日まで同病院に入院した。この間に行われた治療、検査の結果、同病院は、原告春子の症状について、三種混合ワクチン接種三日後に発症した急性脳症、てんかん・皮質聾・知的退行・意志疎通障害と診断した。

(六) その後、原告春子は、同病院を退院し、同月一二日福島県太陽の国病院でリハビリテーション目的の診察を受け、それ以降は、女子医大病院で通院治療を行っている。

2  行政処分等

(一) 原告春子は、本件予防接種により重度の身体障害者になったとして、予防接種法一六条に基づき、被告に対し、平成元年一月二〇日付で医療費、医療手当の給付請求を行ったところ、被告は、平成二年七月一九日付で同請求について、原告春子のけいれんに基づく後遺症と本件予防接種との間に因果関係は認められず、厚生大臣の認定を得られなかったとの理由で不支給処分をし、同月二一日原告春子に対してその旨を通知した。

(二) 原告太郎は、原告春子が本件予防接種により重度の身体障害者になったとして、予防接種法一六条に基づき、被告に対し、平成二年一〇月一七日付で障害児養育年金の給付請求を行ったところ、被告は、平成六年七月一日付で同請求について右同様の理由で不支給処分をし、同日原告太郎に対してその旨を通知した。

三  原告らの主張

1  原告春子の発病の経緯等

(一) 原告春子は、正常分娩で出生し、以後順調に成長してきたが、本件予防接種三日後の昭和六三年一月二五日、予防接種局所がプツプツと紫色に腫脹し痒がるようになり、翌二六日には元気がなくゴロゴロしている状態で、体温が38.5度あったため、花子が座薬を処置した。二七日朝には一旦原告春子は解熱したものの、午後になると体温が三八度以上になったため、花子は江藤医院の診察を受けさせた。二八日朝には発熱しなかったものの、幼稚園を休んでいたところ、夜中に発熱し、嘔吐したため、花子は座薬を処置した。二九日朝には原告春子は解熱したが、幼稚園を休み、東村内の関医院において診察を受けたところ、診察時には熱が38.5度あり、投薬を受けた。三〇日は登園したが、同日及び三一日の両日は元気のない状態であった。

(二) 原告春子は、二月一日朝、尿失禁、意識消失の状態となり、眼球及び口角が偏位し、けいれんの複雑部分発作が出現し、白河厚生総合病院に入院した。しかし、原告春子の症状に改善は見られず、同様の発作を繰り返し、次第に応答も不明瞭になった。その後も、けいれん発作が一日五、六回生じていたが、二月四日以降になると、それが頻発するようになり、音に対する反応も見られなくなった。原告春子は、三月一日、意識障害、けいれん重積の状態で女子医大病院に転院した。転院後、原告春子のてんかん発作の頻度は減少したが、それ以外の症状にはほとんど改善は見られなかった。

(三) 原告春子は、現在女子医大病院に通院治療しながら自宅療養しているが、てんかん発作は治まらず、日常生活について全面介護を必要とし、言語も全くしゃべれず重度の心身の障害の状態にある。

2  因果関係の判断基準

予防接種法一六条に定める救済制度が、伝染病のまん延防止という公益目的のため強制的に行われる予防接種によって不可避的に発生する被害を簡易迅速に救済しようとするものであること、予防接種によって副反応が生じる機序が医学的に必ずしも解明されておらず、ある副反応が予防接種の結果生じたことを医学的に証明することは極めて困難であることに照らせば、少なくとも、ある疾病が、当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて医学的合理性があり(第一の基準)、当該ワクチン接種から一定の合理的時期に発症していること(第二の基準)、当該ワクチン接種によると考えるよりも他の原因によるものと考える方が合理的である場合でないこと(第三の基準)の要件が満たされる場合には、当該疾病と当該予防接種との因果関係が存在すると認定すべきである。

3  本件における因果関係の存在

(一) ワクチン接種の副反応として起こりうる場合であること

原告春子は急性脳症と診断されているところ、同原告は初めに接種局所の発赤、腫脹、痒疹、発熱、嘔吐、傾眠傾向の症状が現れた後、それに引き続いてけいれん発作を繰り返すようになり、それによって脳が侵され、心身の障害が生じたのであるが、このような脳症は三種混合ワクチンの予防接種に起因して発症することが一般に知られている。三種混合ワクチン接種後の脳症・脳炎は医学的に周知の事実であって、このことは、アメリカの予防接種被害救済制度において、三種混合ワクチン接種後の主要な症状の一つとして脳症・脳炎をあげていることなどからも明らかである。そして、原告春子においては、女子医大病院における診断結果で、同原告の急性脳症が本件予防接種後に発症したてんかん性脳症とされている。

したがって、本件急性脳症が三種混合ワクチン接種の副反応として起こりうることについて医学的に十分な合理性がある。

(二) ワクチン接種から合理的期間内での発症であること

被告は、本件ワクチンにより接種後一〇日を経てケイレン等の副反応を起こすことはないと主張する。

しかしながら、原告春子は、本件予防接種の四日後から発熱し、この発熱、嘔吐、傾眠傾向に引き続いて、接種一〇日後からけいれん発作を起こし、発熱は解熱剤の効果による一時的な解熱は別として、それ以降三か月間にわたって発熱が続いたのである。けいれん発作以前の発熱について、江藤医院は腺窩性扁桃炎、関医院は急性扁桃炎とそれぞれ診断しているが、いずれの診断においても細菌性の扁桃炎を支持する客観的証拠はない。原告春子の脳症発症の時点は本件予防接種四日後と考えるべきであり、女子医大病院も同様にその時期を捉えている。

また、原告春子の副反応発症時期が接種後一〇日を経ていたとしても、三種混合ワクチンあるいは百日せきワクチンの接種後八日を経て副反応が発症した例、接種後一四日以上経てから発症した例がわが国やアメリカで報告されており、予防接種後一〇日を経過して副反応を起こすことはないと断定する学問上の根拠は存在しない。

したがって、原告春子の急性脳症は、接種後一定の合理的期間内に発症したものということができる。

(三) 他の原因による可能性との比較衡量

原告春子の急性脳症については、女子医大病院における詳細な鑑別診断の結果、その原因と考えられる予防接種以外の原因はすべて否定されており、原告春子の診断をした医師らは、同原告について「各種原因検索を精力的に施行したが、数回の髄液検査、ウイルス学的検査はすべて陰性で、代謝異常等も見つかっていない。けいれんが接種後一〇日目に発症しており、百日せきワクチン合併症として見ると発症までの間隔がやや長期すぎる傾向はあるが、因果関係を完全に否定できない」旨の論文を発表している。

また、原告春子は、出生後順調に成長しており、それまでけいれん発作を起こしたことはなく、親族にもてんかんの既往症のあるものはいない。

被告は、原告春子がヘルペスウイルスによるヘルペス脳炎であった疑いが強いと主張しているが、その具体的根拠は全く存在しない。

4  よって、原告春子の急性脳症は、以上三つの基準を充足しており、本件予防接種によるというべきである。

四  被告の主張

1  因果関係の判断基準

予防接種とその副反応による発症との因果関係の判断は、予防接種法の定めた救済制度の趣旨・目的に照らして医学上一義的かつ明白に解明された因果関係の存在までをも要求されるものではないが、医学上の一般的知見や経験則に反しない程度の蓋然性、すなわち医学的合理性の存在が要求される。厚生大臣は、公衆衛生審議会の意見を聴いて因果関係の有無を認定するものであるところ、同審議会における因果関係の認定基準は、①当該症状が当該ワクチンの副反応として起こりうることについて、医学的合理性があるかどうか、②当該症状が、ワクチン接種から一定の時期に発症しているかどうか、③他の原因が想定される場合には、その可能性との考慮を行うこと、の三つの観点から認定判断を行っている。なお、③の要件について、他に原因となるべきものが存在しないことの立証責任を被告に負わせるに等しい原告側の主張は誤りである。

2  ワクチン接種の副反応として起こりうる場合でないこと

原告らは、原告春子の現症状は予防接種後に生じた原因不明の急性脳症によるものであるとの仮説に基づき、本件における因果関係を肯定しているようである。確かに過去においては、予防接種に使用されていた三種混合ワクチンが全菌体ワクチンであることから、これに含まれる百日せき成分により中枢神経系の副反応が生じうると考えられていたことがあるが、本件予防接種で使用されているワクチンは無菌体ワクチンであり、これによる脳症・脳炎等の副反応の発症率はかなり低いと考えられている。原告春子の脳症・脳炎(神経症状)は、予防接種による副反応によるものとは異なっている。

したがって、原告春子の本件症状が本件予防接種の副反応によるものとの合理的説明はできない。

3  発症が合理的期間内にないこと

三種混合ワクチンの副反応として発熱、意識障害、けいれんを主症状とする脳炎・脳症が生じる可能性があり、かつ、原告春子の急性脳症の発症があったとしても、同ワクチンによる副反応発症時期は、原則として接種後四八時間以内であり、被接種者の個体差等の違いにより若干の幅が認められるものの、原告春子の脳症・脳炎の発症時期は本件予防接種の一〇日後であるから、予防接種後の合理的期間内における発症とは考えられない。原告らは、原告春子の副反応発症時期は予防接種四日後であると主張するが、原告春子の一月二六日からの発熱、嘔吐等の症状は関医院及び江藤医院の診断にもあるとおり扁桃炎によるものであり、同月三〇日及び三一日には解熱していることからみても、同原告の脳症発症の時期は、けいれん発作が見られた二月一日で、予防接種の一〇日後であると考えるのが相当である。

また、副反応発作が四日後であるとしても、副反応は予防接種から遅くとも三日以内に発症するものであるから、それを超えた発症は合理的期間内とはいえない。特に、本件は毒性物質が少ない新型ワクチンであり、発症までの期間は旧型ワクチンと比較しても短いはずである。

4  他の原因と考える方が合理的であること

原告春子の脳症・脳炎は、ウイルス性脳炎の臨床症状に類似していること、髄液検査等によりウイルスと証明できる場合は三〇パーセント程度にしかすぎず、ウイルス検査で陰性の結果であったとしても必ずしもウイルスが原因でないとはいえないことなどから見ると、原告春子は、本件予防接種一〇日後の二月一日の時点において、ヘルペスウイルスによるヘルペス脳炎を来した可能性が相当高い。それ以前の原告春子の扁桃炎と診断された症状はヘルペス脳炎の先行感染としても把握され得るものである。

したがって、原告春子の脳症・脳炎は、本件予防接種によると考えるよりも他の原因によるものと考える方が合理的である場合に該当する。

5  よって、原告春子の本件症状と本件予防接種の間の因果関係は認められず、原告らの請求に対して、被告が不支給処分をしたことは適法である。

五  争点

原告春子の本件症状は予防接種により生じたか(因果関係の有無)。

第三  当裁判所の判断

一  原告春子の発病とその後の経過について、証拠(証人甲野花子、同宮本晶恵、同白木博次、甲一、九ないし一八、一九の一及び二、三七、五六、乙五ないし七、八の一及び二、九、一〇の一及び二、一一ないし一四)によれば以下の事実が認められる。

1  原告春子は、昭和五八年三月二四日、予定日より一二日遅れて、体重三三一二グラム、身長四八センチメートルで正常分娩で出生し、出生後、黄疸が強かったため先天性代謝異常検査等を行なったが特段の異常もなく、その後の健康診断においても発育に異常はなく順調に発育した。昭和六〇年一一月から同六一年一月にかけて、原告春子は、集団予防接種として百日せき・ジフテリア・破傷風の第一期予防接種(三回)を受けたが、この時には健康状態に異常は見られず、昭和六二年四月幼稚園に入園し、ほとんど休んだことのない活発な園児であった。

原告春子には、兄一郎、弟二郎の二人の兄弟がいるが、父母、これらの兄弟及びその他の親族にてんかんの病歴を有する者や引きつけを起こした者はなく、原告春子も、昭和六三年二月一日以前にはけいれんを起こしたことは一度もなかった。

2  原告春子は、本件予防接種(昭和六三年一月二二日)後の同年一月二五日ころ、接種箇所がプツプツと紫色になり、そこを痒がるようになった。

同月二六日夜、花子は、原告春子が約38.5度の発熱をしたため、午後九時ころ同原告に解熱剤である座薬を投与した。翌二七日朝、原告春子の熱は下がったが、花子は原告春子に幼稚園を休ませ、午前一〇時ころ仕事に出かけた。同原告は、昼間近所の友人宅に遊びに出たが、午後三時ころ花子が迎えに来た際には、熱が再び約三八度になっており、花子はその足で予防接種を担当した江藤医院で診察を受けさせた。江藤医院において、花子は同月二二日に原告春子が予防接種を受けたことを伝えたが、江藤医院では予防接種のためではないであろうと言われた。同医院は、原告春子の症状について、咳・咽頭痛等はなく一般状況は良好なるも体温38.6度で接種部位に腫脹あり。聴診では胸部呼吸音に異常を認めず、心音純、咽頭粘膜にやや発赤を認め一応上気道由来の発熱であるとし、「腺窩性扁桃炎」と診断し、抗生物質(セドラールDS)、解熱剤(ポンタールシロップ、ボルタレン座薬)等の処方を行った。

同月二八日、原告春子は幼稚園を休んだが、日中は発熱もなく特別変わったところはなかった。しかし、就寝前、食べたゼリーと缶詰みかんを直ぐに吐いてしまい、夜中に再び発熱したため、花子は解熱剤を処置した。

翌二九日、花子は、江藤医院で処方された薬がなくなりかけていたことや週末になることもあって、原告春子に幼稚園を休ませて掛かり付けの関医院で診察を受けさせた。関医院の診断によると、同原告の熱は38.5度あり、同医院は、一月二六日より発熱症状が出現、発熱以外には幾分不機嫌さはあるものの、他の自覚症状が認められず、咽頭の発赤腫大、苺舌以上の他異常所見が認められないとして、その時点においては、細菌性の急性扁桃炎と考え、「急性扁桃炎」と診断し、抗生物質(セフロDS)、解熱剤(ポンタールシロツプ)等を投与した。

原告春子は、同月三〇、三一日と発熱することはなく、三〇日には幼稚園にも行き、平素に比較すると元気がなく食欲もなかったものの、特段の変化は見られなかった。

3  同年二月一日午前五時ころ、原告春子は、尿失禁、眼球上転及び口角偏位、意識消失、チアノーゼを伴うけいれん発作(複雑部分発作)の症状が出現したため、救急車で白河厚生総合病院に搬送され、同病院に入院した。

同病院において、原告春子は、髄液検査、頭部CTスキャン画像検査、脳波検査(EEG)等の諸検査及び治療を受けた。

同病院における検査の結果、白血球の増多なし、CRP陰性、血沈促進なし(二月一日)、細胞数・総蛋白正常、髄液圧上昇なし(二月二日)、脳波には徐波・発作波の存在(二月二日、一八日)、頭部CTスキャン画像検査では脳浮腫等の異常なし等の結果が得られた。

4  同病院に入院中も、原告春子のけいれん等の症状は改善されず、同女は、同年三月一日、重度のけいれん重積状態で女子医大病院に転院し、同年九月五日に退院するまでの間静脈麻酔療法や各種検査を受けた。

原告春子は、入院当初意識もなく重度のけいれん重積状態であり、静脈麻酔療法によりけいれん重積状態からは脱したものの、入院時からの発熱は治まらず八月の中旬ころまで数か月間継続した(原則として解熱剤の投与処置されていない)上、複雑部分発作や全汎性強直間代発作を繰り返したが、約六か月の経過とともに次第にけいれん発作の頻度も減少し落ち着くようになった。

女子医大病院では、原告春子のけいれん発作に対する治療を行うとともに、その原因について本件ワクチンの副反応とヘルペス脳炎を主としたウイルス感染の両面から、髄液、血清検査、脳波検査、頭部CTスキャン画像検査等の各種検査を行った。その際には、白河厚生総合病院で二月四日に採取され、保存されていた血液も取り寄せられた。検査の結果、頭部CTスキャン画像検査では全汎性に萎縮が認められた。また、血清検査では、ヘルペスウイルス、水痘、帯状疱疹ウイルス、エコー四型、七型、一一型、パラインフルエンザウイルス一型、二型、三型、マイコプラズマのウイルス抗体価の上昇を示す所見は得られず、その他のウイルス学的検査ではすべての結果が陰性であり、ウイルス感染を疑わせる結果は得られなかった。特に、ヘルペスウイルスの感染については、原告春子は本件予防接種以前の時点にすでに同ウイルスに感染(不顕在感染)していたことが判明し、ヘルペス脳炎はヘルペスの初感染によって急性に起こるものであることから、同原告の神経症状がヘルペス脳炎であることは否定された。同病院は、原告春子の最終診断について、同病院内でカンファレンスを開き、「原告春子にはウイルス感染の可能性は認められず、本件予防接種との関連性は完全には否定できない」と診断し、さらに病歴検討会において、女子医大としての最終診断を確認の上、病名を「三種混合ワクチン接種三日後に発症した急性脳症」と診断した。

5  同年九月五日、原告春子は女子医大病院を退院したが、その際には、著しい知的退行、知覚失認、言語障害、行動異常と診断され、同年九月一二日から、福島県太陽の国病院でリハビリテーションのための診察を受けるなどした。

その後も原告春子は、女子医大病院に月一度の外来診察を受け、投薬等の治療を継続しているところ、けいれん発作は治まらず、感情的な変化も見られず、話すことも、発症以前には可能であった生活動作もできない状態となった。同原告は、現在養護学校に通学し、生活訓練を受けているが、衣服の着脱、食事、トイレ等年齢相応の対応は全くできず、日常生活には全面的な介護が必要な状態にある。

二  百日せきワクチン、三種混合ワクチンの副反応について、証拠(証人宮本晶恵、同白木博次、同矢田純一、甲八、二〇ないし二三、二五、三一、三二、三九ないし四四、乙一八ないし二二、二七、三〇の三及び四)によれば以下の事実が認められる。

1(一)  まず、諸外国における予防接種に伴う副反応に関する報告を見ると、アメリカにおいては、法定の予防接種被害補償制度において、三種混合ワクチンの副反応として、脳炎、脳症があげられ、それらは医療機関の報告義務や補償の対象とされている。そして、一九八五年(昭和六〇年)ないし一九八六年(昭和六一年)の間に三種混合ワクチン接種後二八日以内に起こった副反応として報告された二九七九例のうち三九例が脳症及び脳炎の症状を起こしたものであり、これについて、接種日から発症までの期間を見ると、一日以内のものが三二例、二日から七日のものが五例、八日から一三日のもの、一四日から二〇日のものがそれぞれ一例あり(甲四四)、また、一九八二年(昭和五七年)ないし一九八四年(昭和五九年)の間に三種混合ワクチン接種後三〇日以内に起こった副反応として報告された二六〇〇例のうち五例が脳症及び脳炎の症状を起こしたものであり、これらについて、接種日から発症までの期間を見ると、一日以内のものが三例、二日から七日のものが一例、一四日から二〇日のものが一例あったことが報告されている(甲四三)。

(二)  イギリスにおいては、一九五八年(昭和三三年)以前に百日せき予防接種による神経系合併症を引き起こし、接種から発症までの間隔が記録されている六三例のうち、接種後二四時間以内のものが四八例、二五時間から三六時間のものが四例、三七時間から四八時間のものが三例、四九時間から七二時間のものが二例、七二時間以上のものが六例あるとの報告がされている(甲三九)。

(三)  また、スウェーデンにおいては、一九五九年(昭和三四年)ないし一九六五年(昭和四〇年)の間に三種混合ワクチン接種後の脳に関する副反応として報告された、けいれんあるいはショックの症例として一一二例が報告されており、そのうち接種日から発症までの期間について見ると、一日以内のものが一〇八例、二日後のものが二例、六日後のものが一例、七日後のものが一例であったとされている(甲四〇)。

2(一)  次にわが国について見るに、わが国では、かつて使用されていた百日せきワクチン製剤は、全菌体ワクチンであり、この型のワクチン(以下「旧型ワクチン」という)は、菌体内毒素の一部が不活化されきれない状態で残ることから、副反応の強いワクチンとして知られていた。

そして、旧型ワクチンが使用されていた昭和二七年から昭和四九年までに、百日せきワクチンあるいはそれを含む混合ワクチンによって起こった可能性のある脳症の症例が六一例発見されており、その接種後神経症発症までの時間的間隔は五七例までが二四時間以内で、最長で三日以内であったとの資料がある(乙一八、一九)が、他方、昭和四〇年から昭和四五年までに、三種混合ワクチン接種後に見られた神経系障害の症例は一七例あり、その中には潜伏期間が四日間の症例が一例、八日の症例が一例あるとの資料もあり(甲四一)接種から発症までの期間が必ずしも三日以内に限定されているわけではない。

(二)  昭和五六年以降においては、病原体として認識される抗原部分を菌体やウイルス粒子から取り出して精製した無菌体ワクチン(以下「新型ワクチン」という)が使用されるようになった。

新型ワクチンを使用している国はわが国のみであるが、同ワクチンは、旧型ワクチンと比較すると、ワクチンに含有される毒性物質が少なく副反応が起こる可能性は低いといわれている。しかしながら、予防接種後の中枢神経の症状については、ワクチンに含有される毒物が原因で発症するとの説、あるいは自己免疫(アレルギー)によって発症するとの説が主張されるなど、その発症の機序が医学的に十分解明されているとは言い難い状況にあり、新型ワクチンが使用されている現在でも同じ状況にある。

新型ワクチンに転換された昭和五六年から昭和六二年までに三種混合ワクチン接種後七日以内に神経症状が発症した症例が一〇例あり、そのうち、脳症、脳炎が二例、けいれんが四例(うち一例は重積を起こして死亡)であり、接種後発症までの期間を見ると、接種当日の発症が七例、翌日が二例、二日後が一例であったという木村三生夫医師の報告がある(宮本、矢田)。

三  ウイルス性脳炎、特にヘルペス脳炎について、証拠(証人宮本晶恵、同矢田純一、甲五一ないし五五)によれば以下の事実が認められる。

ウイルス性脳炎は、ウイルスが脳の細胞の中で増殖し脳細胞を破壊し、これに伴って脳内に炎症が起き、その結果として起こる疾患であるところ、その臨床症候としては、頭痛、発熱、気道感染症状に続き精神・神経症状、けいれん、意識障害、不随意運動、麻痺、失語、小脳失調、脳神経麻痺などの脳実質障害の症状を呈する。ウイルス性脳炎の中では単純ヘルペスウイルスによるヘルペス脳炎が比較的多く見られる。

ウイルスを原因とする脳炎であると診断するためには、脳波検査、X線CTスキャン画像検査、血清、髄液検査、磁気共鳴画像検査等の検査が行われる。ウイルス感染がある場合には、血清、髄液検査においては髄圧の亢進、総蛋白濃度の上昇、細胞数の増加、ウイルス抗体価の陽性等の所見が得られ、特にヘルペス脳炎の場合には、頭部CTスキャン画像において島葉、前頭部に低吸収域が出現し、また脳波において徐波、発作波が多く、周期性同期性放電、局所性徐波異常や側頭葉、島回、前頭葉に病変示すなどの結果が得られることが多い。

四  以上の認定に基づいて、原告花子の本件症状と本件予防接種との間の因果関係について検討する。

1  因果関係の判定基準について

予防接種は、伝染病のまん延を防止するために対象者に接種を受ける義務を課するものであるところ、予防接種に起因する健康被害を完全に回避し得る技術は確立しておらないこと、当該疾病、障害あるいは死亡が予防接種を受けたことによるものであるとの厚生大臣の認定について、伝染病予防調査会(公衆衛生審議会の前身)の昭和五一年の答申書においては、「予防接種の副反応の態様は予防接種の種類によって多種多様であり、当該予防接種との因果関係について完全な医学的証明を求めることは事実上不可能な場合があるので、因果関係の判定は特定の事実が特定の結果を予測し得る蓋然性を証明することによって足りるとすることもやむを得ない」ものとされ(甲四)、予防接種法の改正案が審議された参議院社会労働委員会において、厚生大臣の認定は疑わしきものはできるだけ認定するものとする旨の方針が確認され(甲三四)、実際にも右方針により運用されるよう努められていること、予防接種施行後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見が、予防接種以外による疾患のそれと異なるものではない(非特異性)上に、脳炎・脳症については、原因不明なものが多いなどの事情から、具体的に生起した疾患が予防接種によるものか、あるいは他の原因によるものであるかを的確に判定することが困難であり、ことに三種混合ワクチン接種に起因する急性脳症については、発症の機序が解明されておらない上、疫学的調査も充分な成果を上げているとは言えない(白木)ことを考慮すると、因果関係の存否を判断する基準としては、

(1)  当該症状が当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて、医学的合理性があること(第一の基準)

(2)  当該症状が当該ワクチン接種から一定の合理的期間内に発症していること(第二の基準)

(3)  当該症状について、他の原因が想定される場合に、その可能性との比較衡量をし、他の原因によるものと考える方が合理性がある場合でないこと(第三の基準)

の三基準によるのが相当と考える。

そこで、以下この基準に従って検討する。

2 第一の基準の該当性について

前記二に認定したところによれば、中枢神経系の症状が百日せきワクチンや三種混合ワクチン接種の副反応として発症することは、その発症の機序が未だ医学的に十分解明されていないものの、各国において副反応が発症したとされる症例が報告されており、医学的に合理的なこととして一般に承認されているということができる。

本件予防接種で使用されたワクチンは安全性が高まった新型ワクチンであり、菌体に含まれる毒性物質が取り除かれていることから、副反応が起こる可能性は極めて少ないが、絶対に起こり得ないとまではいえない(矢田)。また、新型ワクチンといえども、すべてのワクチンが毒性物質やアレルギーの原因となる成分を完全に含まないとまではいえない場合があることからすれば、新型ワクチンにおいても副反応が起こり得ることは、医学的に合理的なこととして承認されているということができる。

そして、原告春子は、本件予防接種を受けた後に、発熱等感冒様症状が発現し、その後、意識障害を伴うけいれん等の神経症状が発症し、急性脳症と診断されているところ、このような神経症状は予防接種による副反応の症状として考え得るものである。

3 第二の基準の該当性について

前記一のとおり、原告春子は、昭和六三年一月二二日に本件予防接種を受けた後、同月二六日にその副反応の前駆症状として発熱等の感冒様の症状が出現し、同年二月一日に意識障害を伴うけいれん発作等の神経症状が発症したのであって、原告春子の急性脳症の発症時期は同年一月二六日であり、予防接種からの四日後であったとみるのが相当である。

すなわち、原告春子の診断にあたった女子医大病院の宮本晶恵医師の診断したところによると、同原告は、一月二六日に発熱し、同月二八日、三〇日及び三一日に一時的に解熱したものの、普段の元気や食欲はなく嘔吐や傾眠が見られたことから、これは解熱剤投与が功を奏したに過ぎないと考えられるし、さらに二月五日から八月ころまで数か月間発熱が継続し、二月一日にけいれん発作を起こしそれが次第に強くなっていき、けいれんが落ち着いてきた時には解熱していたことなどの症状に鑑み、一月二六日の発熱をもって一連の病態が始まったものと解し脳症が発症したと捉えており(女子医大病院の診断書には接種三日後と記載されているが、宮本証言によれば、発症時期を一月二六日と考えているものと認められる。)、右診断は、小児神経学につき最先端医療水準の評価を受けている女子医大小児科学教室において、福山幸夫教授が指導する病歴検討会でも支持されており、神経病理学の権威者白木博次博士も右診断を支持する。また、順天堂大学医学部付属順天堂医院脳神経内科の今井壽正医師は、「本件のけいれんに前駆した症状(熱発、不活発、傾眠、食欲低下、嘔吐等)はすべて中枢性すなわち脳の症状と理解するのが妥当である。すなわち、本件の熱発には上気道感染の症状である咳、痰、咽頭痛等がなく、咽頭と舌の発赤腫脹のみであり、熱発に対しては解熱剤が有効であったにもかかわらず、昭和六三年二月一日の白河厚生病院での検査にて白血球増多なし、CRP陰性、血沈促進なしと通常の全身性感染を示唆する所見が全くなかった上、食欲低下、嘔吐を呈したが、腹痛、下痢等の消化器症状もなかったのであるから、不活発、不機嫌、傾眠と併せて全体を脳炎・脳症の症状か脳圧亢進と捉えるのが小児(神経内)科医の常識でなかろうか。また、本例の熱発は女子医大に転院した後も同年七月まで長時間持続したのであり、到底上気道感染に帰することのできない証拠となっている。」との意見書を作成しており、(甲五六)、これらの診断及び意見は化学的根拠に基づくものであると認められる(右仮説につき科学性を認めようとしない見解には与することができない。)。

また、副反応発症が四日後であることを前提に、さらに当該症状が本件予防接種から一定の合理的時期に発症しているといえるかの点について検討すると、確かに、予防接種による副反応の大部分が三日以内に発症していることは、前示のとおりであるが、他方、三日を超えて発症した症例も少数ながら報告されていることも前示のとおりである。ワクチン接種後の脳症は、三種混合ワクチンとしても非常に稀であり、現在に至るもなお症例の集積に乏しく(甲五六)、新型ワクチンに限れば更に症例の集積に乏しいと思われる上、予防接種によって副反応が生じる機序は必ずしも解明されているわけではなく、自己免疫によるとの説も有力であり、インフルエンザワクチンにおいてではあるが、旧型ワクチンに比較し毒性物質が少ないとされる新型ワクチンの方が潜伏期間が長いとの資料もある(甲三二)。これらのことからすれば、本件予防接種における四日後の副反応発症は合理的期間内における発症ということができる。

4 第三の基準の該当性について

(一) ウイルス性脳炎の症状は急性脳症と同様の症状を呈するところ、被告は、原告春子の神経症状はウイルス感染、特にヘルペスウイルス感染によるとの可能性が高いと主張する。

確かに、現在の医学において、すべてのウイルスが認知されているわけではなく、また、ウイルス検査でウイルス自体が発見される可能性は必ずしも高いとはいえない。

(二) しかしながら、前示(第三、一4)のとおり、現在のウイルス学におけるわが国最先端の医療水準を持つ機関の一つといわれている女子医大病院において(矢田)、同病院の医師らがウイルス感染の可能性を十分に疑った上でウイルス性脳炎の診断に必要な血清、髄液検査、頭部CTスキャン画像検査、脳波検査等の各種検査を精力的に施行したが、いずれの検査においてもウイルス性脳炎感染を支持する陽性所見は得られず、特に、ヘルペス脳炎は完全に否定され、結局、同病院は、ウイルス感染の可能性を認められないとの診断をしているのである。

(三) また、今井医師も、白河厚生総合病院及び女子医大病院で行われた各検査の結果を詳細に検討し、「原告春子がヘルペス脳炎ウイルス感染による脳症であるとの血清学的証拠は得られていない。原告春子、小児急性脳症であり、ヘルペス脳炎が否定されており、他に考えられる既知の病因がなく、極めて特異な脳症としての病態を呈しており、発症との時間的間隔が四日であるので、本件予防接種による脳症である確率が医学的にみて非常に高い」と前掲意見書において結論づけている。

(四) さらに、前記一の1のとおり、原告春子には、父母、兄弟その他の親族にてんかんの病歴のある者はおらず、遺伝因子の関与は窺われない。原告春子の出生時には特段の異常もなく、出生後も順調に成長し、本件予防接種の以前にはけいれんを起こしたことはなかったのであって、同女の急性脳症は、後天的な脳に対する侵害によって引き起こされたものと見るのが自然である。

(五) してみると、本件においては、原告春子の神経症状は急性脳症であり、本件予防接種以外に、その急性脳症の原因として合理的に考え得る具体的な原因の存在を窺わせるような証拠はなんら存在せず、原告春子の急性脳症は、本件予防接種以外の原因によるものと考える方が合理性がある場合ではないといえる。

五  結論

以上のとおり、本件においては、因果関係が存在することを認定する要件である三つの基準を充たしており、厚生大臣が原告春子の本件症状と本件予防接種との因果関係の存在を認定しなかったことは、因果関係についての判断を誤ったものというべきであり、その誤った判断に基づいてされた本件各処分は違法であって取消を免れないというべきである。

よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木原幹郎 裁判官林美穂 裁判官野口佳子)

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